日本には便乗商法が数々ある。語呂合わせをしては「○○の日」とか言って、いろんな物を買わせようとする。魂胆が見え見えで余り好きではない。
便乗商法の最たるものはクリスマスだと思うが、バレンタインデーも近頃はすっかり定着してしまった。そう言いながら「今年も息子達にチョコレートを買ってやろうか。誰にももらわないのはかわいそうだから」などと考えてしまう。便乗商法にまんまと乗せられている現状。
今度は花屋の便乗商法ができたようだ。1/31を「愛妻の日」としたらしい。1をアイと読ませて31をサイと読ませるのだろう。誰が考えるのか、語呂合わせやダジャレを考える人の才能には脱帽だ。頭の固い頑固ばあさんには思いもつかない。
その上「世界の中心で愛を叫ぶ」以来有名になった「○○の中心」も引っかけて「日比谷公園の中心で妻に愛を叫ぶ」という催しにしてしまったらしい。
チューリップの花言葉が「永遠の愛」だとは知らなかった。そもそも花言葉はほとんど知らないのだが。チューリップを持って、特設ステージで「愛してる」を絶叫したとのこと。何人の人が「絶叫」したのか、チューリップの花は本人が買ったのか花屋が提供したのかは不明。「そんなことはどうでも良いことではないか。妻に向かって絶叫したことに意味があるのだ」と叱られそうだが、絶叫してもらえないこちらとしては、絶叫の内容よりも、周辺のことの方に関心がある。
ステージの男性を見る限りでは20代だけではなさそうで、かなりの「オッさん」も居たようだ。コメントにある男性は40才で、妻は38才とのこと。那須塩原市在住と書かれているが、なぜ日比谷公園にいるのだろうか。このイベントに参加するためにわざわざ那須塩原から出掛けてきたのだろうか。イベントは夕方開かれたらしいから、夫婦で夕方出掛けてきたことになる。飲食店経営とのことだが、夕方のかき入れ時に店を閉めてきたのか。それとも偶然定休日だったのか。
「だから夢がない」と言われそうだが、店を休んで、子どもはどこかに預けて、夫婦で参加したのか、子どもも一緒に参加したのか。「現実主義」のばあさんとしては、彼らの生活に思いがいってしまう。
とにかく、妻に対して衆人の前で「絶叫」するなど、団塊以前の世代にはなかなか考えられない光景ではないかと思う。
「男は黙って・・・」の世代は、気持ちがあったとしても表現できないだろう。もう少し若かったら修正がきくだろうが「今更・・・」と言って変えることを止めてしまいそうな気がする。「あらたむるに・・・」の諺はなかなか実行できそうにない。
衆人の前では難しくても、相手に面と向かって「ありがとう」だの「愛してるよ」だのと言える関係を作ることは大事だと思う。団塊以前の世代でもまだまだ20年、30年共に暮らす年月はあるのだから。「こそばゆい」だの「わざとらしくて聞いちゃいられない」などと言いながらも、言われた妻とてまんざらでもないと思う。どんなに「お世辞」と分かっていても、褒められて気分が悪くなる人は少ないだろうから。
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